江戸時代の大名は1万石以上の

大名は本来私田の一種である名田の所有者をいい、名田の大小によって大名・小名に区別された。すでに平安末期からその名がみえ、鎌倉時代には、大きな所領をもち多数の家子・郎党を従えた有力な武士を大名と称した。

南北朝から室町時代にかけて、守護が領国を拡大して大名領を形成したところから守護大名とよばれたが、守護にかわって新しく台頭し、在地土豪の掌握を通じて一円知行化を推進した戦国時代の大名は戦国大名とよばれた。

こうして形成された大名は、江戸時代に入って近世大名となり、大名領を完成、幕府を頂点とする幕藩体制を完成した。

江戸時代の大名は、1万石以上の領主をいい、将軍に対して直接奉公の義務をもつ者をさした。

一般に大名という場合は、この江戸時代の大名を意味する。

これに対して、1万石以下の領主を旗本、御家人、給人あるいは地頭などと称した。

また大名の家臣は、たとえ1万石以上であっても大名の資格を有しなかった。

これを将軍の立場から陪臣とよんだ。又者あるいは又家来という意味である。

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